その一言が、“生きる理由”になることもある
「自〇したい」と言われたら…
あなたなら、どう答えますか?
実際にそう言われた瞬間、
頭が真っ白になって、
何も言葉が出てこなかった。
私自身も、そんな経験があります。
心理の専門家として、
長年多くの方と向き合ってきました。
どれだけ知識があっても、
「いざ」という場面では人は戸惑うものです。
相手は、大切な人かもしれない。
家族、パートナー、友人、同僚…
そんな相手から、突然こう言われたら。
「もう生きてるのがしんどい」
「○にたいって思う日が増えてきた」
何て返せばいいのか、
わからなくなるのは当然です。
「否定」ではなく「共感」が命を守る
多くの人がやりがちなのは、
「そんなこと言わないで」
「生きてさえいれば、なんとかなるから」
「考えすぎだよ、大丈夫」
…という“励まし”のつもりの言葉。
でも、これはときに、
相手の苦しみを「否定」する響きにも
なり得ます。
大切なのは、
その人の“苦しみ”をまず受け止めること。
たとえば、こんな言葉を返すだけで違います。
「そうか、そんなに辛いんだね」
「それだけ苦しかったんだね」
「話してくれて、ありがとう」
この“共感”の一言が、
「誰にもわかってもらえない」という孤独感を、
ほんの少し和らげることがあります。
命の危機のサインは、声にならない
「自〇したい」という言葉は、
とても重たく、そして、勇気の要る告白です。
表面だけを見て、
「本気じゃないでしょ」と切り捨てるのは、
命のサインを見逃すことにもつながります。
実際、こんな背景がよくあります。
・「しんどい」と言っても、
聞いてもらえなかった過去
・感情を抑えることが
「当たり前」になっていた子ども時代
・自分より他人を優先してきた長年のクセ
そうした蓄積の果てに、ようやく出てくるのが
「もう限界かもしれない」という言葉なのです。
あなたが“支える人”としてできること
カウンセラーや医師でなくても、
命のそばにいられる人にしか
できないことがあります。
それは「助けよう」とすることよりも、
「そばにいるよ」と伝えること。
「話してくれてありがとう」
「ここにいるから、ゆっくりでいいよ」
「無理に元気にならなくていいよ」
そんな小さな言葉の積み重ねが、
人の“生きる力”を
少しずつ取り戻させていきます。

