努力しても報われないとき、
心が救われる言葉
「もう生きている意味がない…」
春から夏にかけて、
カウンセリングの現場には進学や就職で
うまくいかなかった方たちの声が届きました。
「第一志望の大学に合格できなかった」
「就活で希望の会社に入れなかった」
SNSでは
「人生終了」
「努力は無駄だった」
といった投稿も少なくありません。
まるで人生のレールが外れてしまったかのよう、
もう取り返しがつかないかのような絶望感に、
心が支配されてしまう…
でも、本当にそれは“終わり”なのでしょうか?
努力しても報われない、という絶望
ある日、二十歳の大学生の方が、
涙をこぼしながら打ち明けてくれました。
「必死で勉強したのに、
目標の大学には届きませんでした。
合格した大学でも、
どこか居場所がない気がして…
周りの友達は夢を叶えていくのに、
自分だけ取り残された絶望感を感じてます」
彼女の言葉に、私は静かにうなずきました。
きっと、似たような経験を持つ方は
少なくないはずです。
「努力しても結果が出ない」
「自分だけが劣っているように感じる」
そんな感覚に、誰しも一度は襲われるものです。
周囲を見れば、
順調に進んでいるように見える人たちばかり。
「どうして自分だけ…」
と、自分を責めてしまうのは、
とても自然なことです。
“頑張れない自分”も、そのままでいい
私はこれまで、カウンセラーとして
数多くの方と対話してきました。
その中で痛感するのは、
『つまずいた場所こそが
“人生の終わり”ではなく
“転換点”になりうる』
ということです。
人はいつも全力で走り続けることはできません。
ときには、
頑張れなくて立ち止まる瞬間があってもいい。
「もうダメかもしれない」
と思う日も、自分を否定しなくて大丈夫。
努力が報われないとき、
「きっと自分はダメなんだ」と感じる人ほど、
まじめでやさしい心の持ち主です。
でも、「頑張れない」自分にも価値がある。
無理に自分を追い込む必要はありません。
人生の転換期は「挫折」から始まる
「良い大学に行けば…
良い会社に入れば…
そうすれば幸せになれる」
私たちは、そんな“一つの物差し”で
ずっと自分を測ってきました。
けれど人生は、
本当は「線」ではなく「面」でできている。
いま目の前にある“結果”は、
長い人生のほんの一部にすぎません。
うまくいかなかった経験をした人が、
その後、思いがけない出会いや
転機に恵まれるのは、珍しいことではないです。
希望の職場に入れずに別の道を選んだ人が、
「自分らしい生き方を見つけた」
と笑顔で語ってくれたこと。
就職で第一志望に落ちた人が、
その後の仕事や人間関係を通じて、
一生の仲間やパートナーに出会ったこと。
振り返ると、
「あの時、失敗してよかった」
と思える瞬間は、誰の人生にも必ずあります。
頑張れなかった自分を責めるのではなく、
ありのままの自分を認めることから始まります。
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