自分を責めないための、
ほんとうの優しさ
「どうして、あの子は
自分を傷つけてしまうんだろう?」
「止めたいのに止めさせられない…
もしかして私のせい?」
誰かの自傷行為を見たとき、
胸を締めつけるような
不安と戸惑いが押し寄せます。
その光景があまりにも痛々しく、
頭の中がパニックになる人も少なくありません。
けれど、
まず一つだけ知ってほしいことがあります。
その苦しみに、
あなたの“落ち度”はひとつもない。
自傷行為は、
誰かの失敗や関わり方の間違いで
始まるものではありません。
それは
「心が限界に達した人の、
最後のバランスの取り方」
です。
そして同じくらい大切なのは、
自傷する側の人たちもまた
“生きようとしている” という事実です。
自傷行為は「死にたい行為」ではなく
「生きるための行為」
一般的に、
自傷行為は“死にたい衝動”と
結びつけられがちです。
ですが実際は、ほとんどの場合その逆です。
書籍の一節には、こうあります。
自らの体を傷つけ出血する様を見て、
生きていると実感しながら痛みを伴って
心を安定させようとする行為です。
わかりやすく言えば「独りぼっち」なのです。
この“独りぼっち”という言葉に、
核心が宿っています。
傷をつけたいのではなく、
「自分がここに存在している」と感じたい。
「誰にも届かない苦しみをなんとかしたい」
その結果として、
自分の身体を使って
心の叫びを“確認”しているのです。
これは、誰かを困らせるためでも、
注目を浴びるためでもありません。
ましてや「弱いから」でもない。
ただ、心が生きづらさの重みに
耐えきれなくなっただけ。
それほどまでに追い詰められているのです。
間違ってはいけない「関わり方」
周囲にいる人は、どうしても焦ってしまいます。
「やめてよ!」
「そんなことしないで!」
「心配だから本当にやめて…!」
その気持ちは痛いほど理解できます。
しかし、こうした言葉は
当人をさらに孤独にします。
なぜなら、自傷行為の根底には
「理解されない」
という強い感覚があるからです。
書籍では、こんなアドバイスも示されています。
隣に座って行為については何も触れず、
いっぱい話を聞いて肯定してあげてください。
これは、「何も言うな」という
意味ではありません。
行為そのものを責めず、
“その人の存在”を受け止める姿勢こそが、
優しさになる ということです。
あなたの役割は、治療者ではありません。
傷を止めることでもありません。
あなたの役目はただ一つ。
孤独で震えている心に、
『あなたはひとりじゃない』と伝えること。
それだけで、
自傷の衝動は少しずつ弱まっていきます。
自傷の裏にある深い孤独
自傷行為をしてしまう人の多くが抱えるのは、
「人に言えない痛み」
「自分でも説明できないつらさ」
です。
・自分の気持ちをうまく言語化できない
・甘えていると思われるのが怖い
・助けを求める方法がわからない
・生きづらさを抱えていることを
否定されるのが怖い
・周囲に迷惑をかけるくらいなら、
自分でなんとかしたい
これらが積み重なり、心は
「誰にも見つからない場所で壊れていく」
ような感覚に陥ります。
だからこそ、必要なのは “正しい理解” です。
理解は、心を救う最初の一滴です。
自分を責めないで
この記事を読んでいるあなたが、
誰かの自傷行為に胸を痛めてる立場だとしたら…
どうかあなた自身を責めないでください。
あなたはすでに十分すぎるほど頑張っている。
苦しんでいる誰かのそばにいて、
気づこうとして、
寄り添おうとしている。
それは簡単なことではありません。
けれどあなたは、それをしている。
だからまず、あなたがあなたに向けて
ひとつの優しさを与えてください。
「私はよくやってる」
「私のせいじゃない」
「私はひとりじゃない」
生きづらさは、周囲の人まで飲み込みます。
だからこそ、
あなた自身の心にも優しさが必要です。
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