考えすぎてしまう「生きづらさ」の正体
「自己肯定感が低いんです」
カウンセリングやコーチングの場で、
何度となく耳にしてきたこの言葉。
ですが、
その言葉を発する方をよく観察していると、
ある共通点が見えてきます。
「できない人」ではなく、
「できているのに満たされない人」
仕事はきちんとしている。
人間関係も最低限は保てている。
むしろ、周囲からは
「しっかりしている」「頼れる人」
と思われていることも多い。
それなのに、
心の中だけが静かにざわついている。
・何かが足りない気がする
・周囲の期待に応えられていない気がする
・どうしても、自分を肯定できない
こうした見えない「違和感」が、
生きづらさの入り口となってしまうのです。
過去の“負の記憶”が、
今の自分を支配する
自己肯定感が低い人の多くは、
無意識のうちに「できなかった記憶」を
反芻しています。
・就活で失敗した面接
・子どもの頃に親から否定された言葉
・学校で感じた恥ずかしさや劣等感
こうした記憶は本人にとっては
過去の“出来事”であるはずなのに、
頭の中では、
まるで今起きているかのように繰り返される。
しかも、記憶というのは不思議なもので、
時間が経つほどに感情で上書きされていきます。
事実よりも、
「恥ずかしかった」「悔しかった」「辛かった」
という感情のほうが強調される。
やがて「自分はダメな人間だ」という
物語が完成してしまうのです。
想像力があるからこそ、前に進めない
「私、考えすぎなんです。」
こんなふうに自分を責める人がいますが、
実は考えすぎる人=怠け者ではありません。
想像力がある人、
先のことをちゃんと考えられる人です。
ただし、その力がすべて
「失敗を避けるため」
に使われていると…
「うまくいかない気がする」
「また失敗するかもしれない」
「期待されても応えられないかも」
そうやって、
まだ何も始まっていないのに、
心が先に疲弊してしまう。
結果、行動を起こす前に自己否定が完成し、
どんどん「自分なんて…」という声に
支配されていきます。
褒められても「違和感」が残る理由
自己肯定感が低い人は、
他人からの「褒め言葉」を
うまく受け取れません。
たとえば…
「すごいね!」
と言われたら
「いやいや、たまたまです」
「頑張ったね!」
には
「全然まだまだです」
これは、頭の中の“自分像”と
現実の評価が一致していないからです。
心のどこかで
「私はすごくない」
と思い込んでいると、
どれだけ他人から評価されても、
それを自分のものとして受け取れません。
人は、「自分が信じている物語」のほうを
正しいと感じてしまう。
これが、
自己肯定感が上がらない理由のひとつです。
自己肯定感は、
「内側」よりも「外側」で育つ
ここで、ひとつ重要な視点があります。
自己肯定感は、
「自分を励ました回数」
では育ちません。
育つのは、
「誰かの役に立てた」
という実感が持てたとき。
たとえば、
仕事で後輩にアドバイスしたときに、
「本当に助かりました!」
と感謝された。
落ち込んでいる友人に寄り添ったときに、
「話してよかった」
と言われた。
このように、
他者の目を通して得た肯定感こそが、
内側に沁み込むのです。
小さな「誰かのために」が、
あなたの物語を変えていく
自分のためには動けなくても、
誰かのためなら頑張れる。
そんな経験、あなたにもありませんか?
「誰かのために」
を意識して動いた結果、
自然と感謝され、信頼される。
周囲から
「あなたがいてくれてよかった」
と言われる。
それが繰り返されると、
これまで信じてきた
「ダメな自分」という物語が、
少しずつ書き換わっていきます。
生きづらさは「弱さ」ではなく、
「優しさの裏返し」
自己肯定感が低くて苦しいあなた。
それは性格の問題でも、
努力不足でもありません。
むしろ、それは
人の気持ちを考えられる優しさ、
真面目さ、責任感の強さの証拠です。
「なんでこんなに生きづらいんだろう」
と感じるのは、
「ずっと“いい人”でいよう」
として、
自分を後回しにしてきたからかもしれません。
自分を変えるより先に、
「誰かの役に立つ」を選んでみて
もし今、自己肯定感を上げたいのに
空回りしていると感じるなら。
まずは、
「自分を変えよう」とするよりも先に、
誰かの役に立つ行動を選んでみてください。
・身近な人に「ありがとう」を伝える
・SNSで誰かの投稿に温かいコメントをする
・困っている人にひと声かける
そんな小さな一歩でも大丈夫です。
その積み重ねが、
静かに、でも確実に、
あなたの心を変えていきます。
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